晴 天 を 衝 け-2
クーデター失敗後から明治に至るまでの年譜
西暦 | 和暦 | 年齢 | 出来事 |
1864 | 元治元年 | 24 | 平岡平四郎を頼りに 2月に一橋家に仕官。 |
〃 6月5日 | 池田屋事件 | ||
〃 6月16日 | 平岡平四郎、水戸藩士に暗殺される。 | ||
〃 7月19日 | 蛤御門の変(禁門の変) | ||
1865 | 慶応元年 | 25 | 歩兵取り立て御用掛として 一橋領を巡回、400人以上を募集する。 |
1866 | 〃 2年 | 26 | 8月に慶喜の名代として長州に出征 |
〃 12月5日 | 、徳川慶喜が15代将軍に。栄一は 幕臣となる。 | ||
1867 | 〃 3年 | 徳川昭武に随行してフランスのパリ万博に参加。昭武は ナポレオン3世に謁見。 | |
〃 10月14日 | 大政奉還 | ||
1868 | 〃 4年1月3日 | 鳥羽・伏見の戦い勃発 | |
〃 9月8日 | 実際に明治と改元の詔書が出たのは慶応4年9月8日(グレゴリオ暦では10月23日)で慶応4年1月1日に遡って明治元年とすると定められた。 | ||
〃 11月3日 | マルセイユから横浜港に帰国。 | ||
1869 | 明治 2 年 | 29 | 静岡藩に仕官する。商法会所を設立。戊辰戦争の終結。 |
〃 11月 | 大隈重信の説得により 新政府に出仕、民部省祖税正、民部省改正掛 掛長となる。 | ||
1871 | 〃 4年 | 31 | 初代 紙幣頭を兼任。「立会略則(株式会社の知識の普及本)」を発刊。 |
〃 7月 | 廃藩置県 | ||
〃 11月 | 父 市郎右衛門 死去。 | ||
1872 | 〃 5年 | 32 | 大蔵少輔(局長)になり、様々な改革に従事。 |
養育院を設立。この年、新橋-横浜間の鉄道開通。 | |||
1873 | 明治 6年 | 33 | 政府の財政方針に反対し、井上馨と共に大蔵省を辞職。 |
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