阿武松の阿武を「オウ」と読む理由

 

平成の現在、日本相撲協会の年寄名跡の一つになっている「阿武松(おうのまつ)」のルーツは

長州藩のお抱え力士 第6代横綱 阿武松緑之助(本名は佐々木、出身地は能登国)に由来する。

江戸時代 長州藩の阿武郡の中心的地域であった大井郷に阿武の松原がありました。

現在の萩市大井の海岸沿いにある松林がそれです。

大井地区の「阿武の松原」は、古くから和歌に詠まれており、かつては「あふの松原」と書かれていました。

昔は、「あふ」を「おう」というで読んでいたので、阿武は オウなのです。

西鉄ライオンズの仰木監督の仰(あおぐ)は「みあげる」であり、「オオセ」とも読み、木が付いて「仰木」となると、「オオギ」となります。

「逢ふ瀬」は、「あふせ」であり、「オウセ」と読むようになりました。

即ち、 「あふの松原」を「おうのまつばら」と読むようになったので、力士 佐々木は、その地名にちなんで 「オオノマツ(阿武松)緑之助」を名乗りました。


阿武松部屋所属の力士に阿武咲 奎也(おうのしょう ふみや、2018年1月場所では 西小結)がいる、咲は 「土俵上で花が咲くようにとの願いが込められている」と云う。

尚、「阿武」は、全て「オウ・オオ」と読むわけではなく、萩市にある阿武郡十八郷惣社(大井八幡宮)は 現在も「あぶぐんじゅうはちごうそうじゃ」と言い、
「アブ」と文字通りに読んでいます。

又、真田幸村の娘「阿梅」は「ウメ」さんです。この阿は 親しみを表す語です。


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